3次元マイクロステージの開発と応用
櫛歯型静電アクチュエータは、シンプルなプロセスで製造でき、幅広い分野でMEMSのアクチュエータとして広く利用されています。このアクチュエータは、電圧を用いて準静的で連続的な変位制御が可能であり、ヒステリシスがないという特長があります。さらに、高温での駆動が可能であり、初期の性能を半永久的に維持できるなど、実用的なアクチュエータとして多くの利点があります。一方、基板に対して垂直方向の得ることができないことが欠点として上げられます。それに対して、櫛歯型静電アクチュエータで、基板に対して垂直な変位を実現する機構を開発しました。この機構をベースとして、3次元マイクロステージを開発し、AFMの走査機構として研究の展開を図っています。
3次元マイクロステージの動作原理
図1 静電アクチュエータの運動方向変換機構の概要。移動テーブルに取り付けられた櫛歯に左方向の力を加えると、サスペンション中の斜めの板ばねが変形し、テーブルは左上方向にに変位する。
図2 3次元マイクロステージの基本構造の概要。Table C、Suspension C(とその両端の傾いた板ばね)の部分は、図2と同じ構造であり、力FCによりTable Cは、左斜め上方向にに変位する。この時同時に力FAを加えると、x方向の動きが打ち消され、Table Cは基板に対して垂直に変位する。櫛歯型静電アクチュエータにより、FA、FB、FCの力を制御することで、Table Cの3次元の位置決めが可能になる。
図3 櫛歯型静電アクチュエータが動作している様子。固定電極に電圧を加えるとサスペンションに支持された移動電極との間に静電引力が作用し、画面上方向に変位する。
図4 ステージ(図2のTable C)が垂直方向に変位している様子(ピントのズレから確認できる)。図2で、FCとFAを同時に加えたときにx方向の変位が打ち消され、垂直方向に変位する。
3次元マイクロステージのAFMへの組み込み
図5 AFMから出力されるPZTスキャナの駆動信号は3CHあり、それぞれX軸、Y軸、Z軸の変位を発生させる。図2の構造でFCを加えると、Table Cが斜め上方向に変位する。そのさい、同時にFAを加えることで、水平方向の変位がキャンセルされる。AFMのステージとして3次元マイクロステージを用いる場合は、VZをFCとFAの駆動力に分配し、垂直変位を得る。
図6 市販のAFMで3次元マイクロステージをスキャナとして用いて取得したAFM像。グレーティングの溝間隔は、縦横ともに330nm。図5のVYが0Vに近いときには、静電アクチュエータの特性から、グレーティングが延びたような形状になる。走査範囲が狭いと画像の歪みは抑制される。
マイクロステージとカンチレバーとの一体化
図7 傾斜ブロックを介して市販のAFMカンチレバーをステージ基板に取り付ける方法。取付には、開発した専用のプローバーを用い、接着剤でカンチレバーのベース部分を傾斜ブロックに取り付ける。
図8 カンチレバー一体型3次元マイクロステージのAFM像。通常のAFMでは、カンチレバーの先端とサンプルの間の構造的経路に、PZTスキャナ、粗動機構、それらを支える構造物が含まれているため、振動や温度変化の影響を受けやすい。それに対して、カンチレバーを基板に直接取り付けると、温度変化や振動の影響を受けにくくなり、摩擦測定の上で大きなアドバンテージとなる。
歪み発生MEMSデバイスの摩擦計測への適用
摩擦における原子間距離の影響に関する研究は、摩擦をより良く理解し、例えばグラフェンの低摩擦を検討する上で極めて重要です。本研究では、原子間距離が摩擦力に与える影響を調査するために表面ひずみを用いた摩擦力顕微鏡(FFM)画像を取得しました。まず、MEMS技術を利用して、櫛歯型静電アクチュエータによってSi表面に表面ひずみを発生させることができるひずみ発生マイクロデバイスを製造しました(図1)。このマイクロデバイスを高真空原子間力顕微鏡に組み込み、次に、Siカンチレバーを使用してマイクロデバイスの応力集中部でFFM測定を行いました。弾性有限要素法解析(図2)によって計算されたひずみ分布に、FFM画像(図3)が一致しました。摩擦の相対的な減少率は、計算されたひずみが1.2%の場合、約9%でした。
歪み発生デバイスの構造
図1 歪み発生マイクロデバイスデバイスのSEM像。黄色い部分が静電引力により図の左側方向の力を受け、コネクティングブリッジ部分に応力が集中して歪みが発生する。デバイスはMEMS技術によって作製した。AFMの単結晶Siカンチレバーの結晶方位が一致するように接触させ、応力集中部で摩擦を測定する。
図2 コネクティングブリッジ部に発生する応力集中の様子。ブリッジの中央は、FIB(集束イオンビーム)加工により穴が開けられ、上部のブリッジの端に応力集中部が生じている。AFMによる測定範囲は白い点線で示されている。
原子間隔変化が摩擦力に与える影響
図3 歪みによって生じた摩擦力低下を表すFFM(摩擦力顕微鏡)像。図2で示すScan areaを左右方向に往復走査したときの往路の摩擦力である。中央部の暗い部分で摩擦力が低下し、図2の歪みが大きい部分との対応が認められる。
図4 摩擦力分布像から求めた歪みによる摩擦力の低下量。(a)摩擦力分布の往復測定における歪みの無い状態での摩擦力と歪みを加えた時の摩擦力の比較。太い点線は摩擦力0を示す。往路の摩擦測定では、2µm付近でわずかな摩擦力の低下が見られる。(b)歪みの無い状態の摩擦力を基準としたときの摩擦力の変化。赤い線は図3の摩擦力分布を平均化した摩擦力変化に相当し、6mV程度の摩擦力低下が確認できる。低下率は約9%と予想よりも大きくなった。